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今年の大相撲秋場所、27度目の優勝を果たした横綱・白鵬。2度目の4連覇、圧倒的な強さですねぇ。素晴らしい。左目の傷も美しく映ります。

白鵬、2度目の4連覇 歴代3位27度目V | MSN産経ニュース

勝負後、対戦相手へ手を差し伸べる大人の対応に、「紳士だな~」といつも見とれています。

「私なんか全然ダメだ」


さて、そんな美しき戦士・白鵬翔さんは1985年生まれの28歳。私とタメなんですよ。横綱に昇進したのが2007年、23歳のときですか。朝青龍関とともに角界をリードする白鵬関は貫禄バリバリ。同い年と知ったときは驚きました。そして同時に「ヤベー!」と焦り、

「私と同じ歳であんなに活躍してる!」
「私なんかクソみたいな生活してるのに」
「やっぱり私ってダメだ」

同い年という共通点だけで、私は彼を比較材料にしてしまいました。

「トップアスリートと凡人比べてどうすんの」と当時の私に言ってやりたいです。あぁ、お恥ずかしい。自分のこと全然見えてませんよね。

まぁ、以前の私は「自分はダメ人間だ」と思うことで、安心しているような部分もあったので、責めることはできないのですけれど。もしかして、自分の心を痛めつけ・痛めつけられることに快感を覚えていたのでしょうか。ひとりSMですね。

「私はまだ耳切ってないし大丈夫」?!


そうして、第一線で活躍する著名人と自分を比べて落ち込んだとき。冷静さを保っている場合は、自分で自分を慰めました。自分と同じ歳のとき、どん底にいた人と比べるんです。

例えば、画家のゴッホ。かの有名な画家も、生前はあまり評価されていませんでした。このことは、私にとって励みになりました。

ゴッホが画家になる決心をしたのが27歳のとき。それまでは、教師、画商、伝道師など職を転々としましたが、いずれも成功せず。いくつもの挫折体験を味わいながらも、ゴッホは愛を表現するために絵の勉強を始めます。

そんなゴッホを支えたのが弟のテオ。テオは10年後ゴッホが亡くなるまで仕送りを続けています。

「家族に支えてもらって、ゼロの状態から始めようとしているのは私だけじゃない」


そう思えるだけでも心の負担は軽くなりました。まぁ、すぐにまた落ち込んでしまうんですけどね。

ゴッホというと、耳切り事件のようなインパクトの強いエピソードもありますから、「私はまだ耳切ってないし大丈夫」と考えたりして。何が大丈夫なのかはよくわかりませんが、まぁ、自分がそれなりに「大丈夫」と思えることは大事ですね。

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S極・N極の両方をバランスよく


常識や世間の目を気にして生きていると、自分を常に誰かと比較しがちになるような気がします。人生のゴールは人それぞれ。答えは70億以上(世界人口は現在70億人をこえています)。

決して人と比べることが悪いと言っているわけではありません。能力を引き出し、高めるために競い合うのは健全なことです。それに、誰かと比べてしまうのは人間の性なのかなとも思います。

しかしながら、比較結果を自分を責める材料にするのはよろしくありません。人間性、人生など、大きなくくりでは条件が違い過ぎて比べることはできません。一部だけを切り取って比較しても、そこに優劣はありません。ただ違いがあるだけ。かけっこと人生を一緒にしてはいけないのです。

と、人と比べてため息をついてばかりの私が言っています。子どものころから比較されて育ってきた人が急に「誰とも比べることはできないのだ」なんて、なかなか思えませんよね。

ですので、「あの人に比べて私はダメ」と落ち込んだら、同時に「この人よりはまし」と考えるようにしてはどうでしょう? S極・N極、両方のバランスをとりながら。

誰かを否定するのはあまり好ましいことではありませんが、人間ってそんな崇高な動物じゃないですからね。汚いところもあっていいじゃないですか。それに、あなたが「善」と思っていることが、他の人にとっては「悪」でしかない、なんてことはよくあることですしね。

最後に


なんだかまとまりのない文章になってしまいましたが、人と比べない能力、「私はこれでいいのよ!」という強烈な気迫で生きていけたらいいなぁ~と考えながら、無意識に比較対象を探してしまう今日この頃です。

ちなみに、日馬富士関も応援しています。ガンバレー!



<参考サイト>
ゴッホ美術館公式サイト

<本日の作品>
私が好きなゴッホ作品は「夜のカフェテラス」。ブックカバーを愛用しています。

そして1000ピースパズルを発見。これは……! やるしかないっすね。