row a boat

うつ病と診断される前のことです。

毎日仕事に追われ、心も身体もボロボロで、気力も枯れ果てていました。それでも、自分に鞭打って忙しい日々を何とかやり過ごしていました。

ある日、知人とこんな話をしました。

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知人:そういえば、この前テレビで見たんだけどね。武田鉄矢、仕事がなくなってどん底だったときに、奥さんが「今のこのどん底をよーく味わっておこう」みたいなこと言ったんだってー。

私:あぁ、聞いたことあるー。

知人:つらいとき、そういうふうに言えるのってすごいよねぇ~。

私:うん、そうだね。なかなか言えないよね……。

知人:なんか私、感動しちゃってさ~。

私:すごいよね……。
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その後も彼女は、その名言の素晴らしさについて熱く語っていました。私は相槌を打ちながら、気分がどんより重くなるのを感じていました。

もちろん、その落ち込みは彼女のせいではありません。彼女と話す機会はよくありましたが、お互いのことを詳しくは知りませんでしたし、彼女がちょっとした世間話という感覚で話していることも理解していました。

それでも、私の心は沈むばかり。

その後も、この武田鉄矢さんのエピソードは私の中に残り、ことあるごとに不毛な自問を繰り返すための材料となったのです。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

この言葉を思い出すだけで、なんでこんなに落ち込むんだろう?
今の私はどん底なのだろうか?
これ以上悪くなることはないのだろうか?
今のこんな不快な気持ちを「味わう」なんてできないよ。
もし私が死んだら……? 無責任な言葉じゃない?

奥さんの柔軟な考え方は素晴らしいと思う。
でも、この言葉をかけられたら、私はその人のことを嫌いになってしまうかもしれない。
本当につらいのに。
「苦しい思いをしろ」ってことでしょ?
励ましの言葉ってことはわかるけど、残酷だよ。
素直にその言葉を受け取れない私がいけないの?
私の器が小さいだけ?

今の状況から抜け出せるなんて想像もできない。
こうやって純粋に感動できる知人が羨ましい。

そもそも、当時の武田鉄矢は本当にどん底だったの?
こうやって手をつないで明るく励ましてくれる奥さんがいて幸せじゃん?
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


こんなふうに、私は武田鉄矢さんと奥さんに嫉妬していました。自分を支えてくれる人がいること、支えたいと思える大切な人がいること。

それだけで幸せなことなのに、それ以上何を望んでいるの? 
私なんて、私なんて……!

自己憐憫。悲劇のヒロインです。絶望という名の波に飲み込まれています。

そうして、ウダウダグジグジ自問自答を繰り返した結果、今の自分に武田鉄矢さんのエピソードはふさわしくないと判断し、頭の中から追い出すことにしました。

そして、今。とうの昔に追い出したはずの記憶は、今もこうして鮮明に残っています。

どうやら、心の染みは簡単に落ちないようです。



そんな小話。

非モテの僻みと鬱思考。

武田鉄矢「どん底を支えた妻のひと言」


実際に武田鉄矢さんが「徹子の部屋」で語った言葉の記録がありました。

徹子が黙ったとき:テレビトーク番組の相互作用分析(PDFファイル)|成城大学

「どん底を支えた妻のひと言」。当時のやり取りを武田鉄矢さんが語ります。

妻:ここをよくみとこうね。

鉄矢:なんでだ?

妻:いや、ここがどん底だから。もう、あとは上がるだけ。

「どん底ぶり」は、妻が妊娠してお金がなくて、2人で「5千円」をもらうためにスナックで皿洗いの仕事をしたという状況、とのこと。


人生、楽あれば苦あり。苦あれば楽あり。

ですね。



<本日のBGM>
海援隊 「贈る言葉」

「人は悲しみが 多いほど 人には優しく できるのだから」
その通りなんですけど、その悲しみがしんどくて簡単に乗り越えられないときには、希望を持てなくなってしまうんですよね。でも、全体を通して聴くと、切なくていい曲だな~と思います。